社会の中に身を晒す(さらす)、ということ

いつの時代にも、世の中に色々と足りないものや不便なことを挙げていけば、それこそキリがないのですが、
それでも、バリアフリーとかユニバーサルの考え方さえ世の中にまったく無かった頃に比べたら、街はずいぶんと便利になり、移動しやすくなったなと思います。

車いすで生活する私自身の経験からお話するならば
道路は、愛車のタイヤにゴミを引っ掛けることも無くなりデコボコした道は、かなり走りやすくなりました。
電車に乗る時にも、駅員さんに眉を顰められることが無くなりました。
何時に、どこのバス停にいけば、スロープ付きのバスに乗れるか分からなかったのも、今や昔の話でありまして、
現在はどこのバス停からどのバスに乗っても、ほぼ必ずスロープ付きのノンステップバスが停まってくれます。

鉄道駅も、都内ならだいたいどこの駅にエレベーターが設置されていていても、別に珍しくなくなりました。
日常の風景の中では、つい見過ごしがちになりますが、
これらは、実はとてもすごいことです。

その昔は、街の道路はゴミだらけのデコボコだらけが当たり前。歩いている人だって危なっかしいのに、車いすだと、不安がいっぱいありました。
車いす生活では、電車やバスに乗ろうとしても、公共交通はほとんど自由に使えず、利用を拒否されてどこにも行けず。
どうにか頼りにできるものといえば、家族や親しい人たちの善意や厚意に頼って、車で送り迎えを頼むくらいことしか方法が無かった、という時期が、とても長く続いてきたのでした。

それが便利に変わっていったのも、設備やサービスがなんにも無かった頃から、不安な思いをして、時には危険な目にも会い、理解のない人からの奇異の視線や、憐憫の視線にも晒されながらも、
地道に街の改善を訴えてきた、障害当事者の諸先輩がたのお陰であったと、私は考えます。

困難や不便の多い外界に飛び出すのは、とても勇気の要ることです。
しかし、困り事や悩み事を抱える主体者であり、課題の当事者たる人々自身が、狭い場所に引きこもったきりで、どこにも行かず、誰にも会わないままであったなら、今現在でも街は何ひとつ変わらず、不便や不自由はそのままにされていたかもしれません。

あえて人前に身を晒(さら)し、自ら外に出ていこうとすること。
変化を待つのではなく、自分から、社会の変化を促すように行動することは、いつの時代にも必要なことではないか、と私は考えているのです。

八王子障害者団体連絡協議会 代表   杉浦 貢